「コラボ・モンスターズ!!の魔」トークライブ・レポート(その4) _ リポート | コラモン・ニュース
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「コラボ・モンスターズ!!の魔」トークライブ・レポート(その4)


 〇『旧支配者のキャロル』をめぐって

 

古澤:まったく偶然だと思うんですが、古谷さんの本の中でも、小説論としてですが、"やっぱり小説のなかで書かれたものっていうのは決定的に起きてしまっていることなんだ、作者がどう思おうが"っていうような記述があって、ある種古谷さんが感じている高橋さんの作品の恐ろしさって、そういう決定論的なものがあるのかなって気はするんですけど。


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古谷:そうですね...。決定論であると同時に、たとえば、話が噛み合っているかどうかわからないですけど『狂気の海』とかって結局主要な人物が3人くらいしかいなくて、首相と奥さんとアメリカの諜報部員みたいな。3人だけの話なのに、日米の大きな話になっているし、それを越えて日本が沈んだり富士文明が無くなったり3人だけの話が世界のすべてを決定してしまっているという。さっきの話に繋がるんですが、外が無いっていうか、世界のすべてを今ここにいる人たちや語られている物語が決めちゃってるっていう。

それが僕が感じるところですけど。

それはあまり考えてらっしゃらないですか?

 

高橋:それはかなり意識的にやってるとおもいますね。意識的にというかやるとそうなっちゃうということじゃないですかね。

登場人物の作り方や、セリフの書き方や言わせ方、特にセリフにこだわるんですけどね。それをやると必ず、だいたい今日見ていただいたものもほぼ、中原さんやきむらさんが決定的なことを言ってそれで話は終わり、みたいな。人間ドラマとしてはいかがなものかという気もするんですけど...(笑)。でもああいう強い台詞を言うことで切り開かれるフィクションの世界はきっとあるはずだっていう...。

でも『キャロル』は、なるだけ人間ドラマにしてみました。()


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(『狂気の海』)


古澤:そのへんはどうなんですかね。高橋さんの変化とみる向きもあるし、いや、やっぱり変わらないって意見もあるとおもうんですけど。古谷さん的にこれまでの高橋さんの作品の系譜の中で『キャロル』を置いてみた時に継続性を感じるんですかね?

 

古谷:そうですね...。違うって思ったところは、分かりやすい、というか余計なものというか混乱させるようなものが入っていないっていうのは違うのかなって思ったですけど、それ以外はそんなに変わってない感じがありますかね。

 

古澤:ちなみにその混乱させるようなものっていうのはこれまでは入っていた感じがしますかね?

 

古谷:混乱させるようなものっていうか、混乱している?だからその、世界全体がおかしくなるのと同時に、世界がひとつではなくなって分岐するみたいな要素が必ず入っていて、どれを本線として見ていいのかわからないところがでてくるとおもうんですよね。『旧支配者のキャロル』は基本的に世界はひとつで行ってるので。それは迷いが無い、というか分裂する感じはないじゃないですか。

 

高橋:うんうん。そうですね、主に今まではギャグ的なことを仕掛ける時に混乱させる要素が入ってくるんですけど、ミニコラボの3本は笑いが取れるか取れないかどうでもいいと思ってギャグをやっているんですけど、『キャロル』の場合はどっちかって言うと今回はギャグは止めておこうと、なぜかって言うと今回は人間ドラマとして人が納得してくれる、まかり間違えば感動してくれればいいなと思って(笑)。そういう魂胆が明らかにあったから、ギャグはやめようねやめようねって言いながらやったんだけど、最後にひやっとしたのはそんなに狙ってなかったんだけど、これが最後のカットだって言う時に自分たちが呼んだ救急車に撮影を妨害され、音待ちになるっていう、あれも目敏く気づいて爆笑してくれる人っているんですよね。だから上映の度ごとにお客さんの反応が違って、今日はすごい途中からみんな深刻な感じで見てくれてて良かったなと(笑)。

でもなんかそういう、どう取っていいのっていう両義的なのが入っちゃいますね。


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古澤:ふたつの世界みたいなことで言うと『キャロル』もやっぱり劇中劇ってこと事態が世界が二重化してますし、劇中劇で語られていることも、壁の向こう側の世界の何かを呼び出そうとするみたいなところでやっぱり世界が重層的というか、さっき高橋さん自身の口から霊媒という言葉も出ましたけど、ある種の媒介とする人物を通じて向こう側とこちら側が繋がってしまうみたいなそういうモチーフがあるんですかね。

 

高橋:それは、なんでこんなに霊媒が好きなのかなと思うとですね、たぶん幽霊を見ても、"あ、あの世ってあるんだ"って"あの世から帰ってきた人なんだ"とはきっと思わないと思うんですよね。まあ原理的に実は"ぱっと見てこれは幽霊だって指差せる存在って具体的になんですか?"ってなったらたぶん言えないんですけどね。よく分からないものを見たとしか言いようが無い。UFOにおけるアンレコグナイズド何とかっていう厳密な定義みたいな言い方が幽霊にもあればいいんですけど、幽霊は幽霊っていった瞬間に"お前認めてんじゃん"みたいな名前の付け方しかないんで、非常に困った単語だなと思うんですけど。

 きっと幽霊を見ても、そもそもそれを幽霊だとは言えないし"だからあの世があるんだ"とは言えないと思うんだけど、霊媒行為をしている人間を見る時には、それがインチキであれなんであれ、"ひょっとしてあの世ってあるかもしれない"っていう感じをさせる。そういう唯一のもので、さっき古澤君が言った向こう側の世界を呼ぶ何か、"呼ぶという行為をしている以上きっと何かあるんだ"みたいな感覚を呼べる唯一の媒介者ですよね。霊媒って。便利なんですよ。さっき古谷さんが幽霊を認めても世界の一部に穴があくだけと言われたけど、あの世が導入されちゃうと、世界全体がそのままではいられないんじゃないかと。

なんかね、きっとそういうの引き寄せられるんじゃないのかな。(つづく)