「コラボ・モンスターズ!!の魔」トークライブ・レポート(その2) _ リポート | コラモン・ニュース
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「コラボ・モンスターズ!!の魔」トークライブ・レポート(その2)


 〇世界全体がおかしくなる

 

古澤:なるほど、宇宙人っていうのを科学的に追求する、論理を積み重ねていくと、現状ある科学と整合性をとらなきゃいけなくなってきて、そうすると、宇宙人を導入した時点で我々が認識している科学的な世界観そのものの変更を迫られるというか、そういう恐ろしさですかね?


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古谷:そうですね、世界全体がおかしくなっちゃうというか...。

よく幽霊の表現とかで風呂に入って頭を洗っている時になにかいる気がすると。でもそれは眼を開ければ誰もいない訳じゃないですか。

でも宇宙人とか、いるんですよ。いるって認めちゃうといるし、そうするともう、多様性が無くなって、一気にドミノ倒しになるように世界の法則が違ってきちゃうという感じですね。

だからそういう高橋さんの映画に感じるのはそういう、まさに世界全体がおかしくなるという感覚。日常にエアポケットがあってとか、普通の生活があって、どこかに呪いがあって、触れなきゃ大丈夫なんですけど触れちゃったから呪いに入っていくという感じじゃなくて、もう世界全体が既に呪いみたいな、そういう違いですね。

 

高橋:今、聞いていて思い出しましたけど、昔、黒沢清監督と話してて、黒沢さんは幽霊の話と、超能力とか宇宙人の話、例えば、霊能者の人が同時に超能力があったりUFOを呼べるとかっていうことに対してものすごく、"おかしい、別のものなのになんでしょっちゅう、ごっちゃにされるんだろう"ということを言っていて。僕は、いや、それ普通に繋がると思うんだけど、と言ったんだけど、"いや、絶対に違う"と言ってたんです。黒沢さんはすごくそういうところ明晰なんだよね。 

 それでスプーン曲げで超能力少年って騒がれたK君の話になって、黒沢さんは会ったことがあるんですよ。長谷川和彦さんが連合赤軍のシナリオをずーっと書いていて、黒沢さんが一時期一緒に書いていたんですよ。長谷川和彦さんの家でシナリオの打ち合わせをしている時に、長谷川さんは連赤の話をしているうちに超能力系に行っちゃったんですよね。連合赤軍のメンバーがみんな超能力者みたいな話にまでもうぶっ飛ぶしかなくなってて。それで、K君のことも取材を始めていたんです。K君が電話で呼び出されて"今からK来るよ"とかって長谷川さん喜んでて、いそいそとスプーンを選んで。で、黒沢さんがすごいそれを露骨に、"何言ってんだ"って。科学少年だからね、黒沢さん。信じてなかった。で、目の前でK君が"今日調子いいな"なんて言ってこうやったら、ほんとにパキッとスプーンが目の前で折れたんだって。それは、MR.マリック以前の時代なんで、目の前でそれやられたらもうびっくりすると思うんですよ。K君がトリックだって言ってるんじゃないですよ。マリックみたいなあんな高等なマジックがあるんだっていう事が僕らの発想に無かった時代なので。もうびっくりしちゃって。で、黒沢さんは"俺は、そこで大きな決断を迫られた"と。一晩中、丸一日スプーンを手に家に閉じこもって、曲げようとしたんだって。で、曲げられなかった。で、"わかった"と。"K君があるって定義した世界はあるのかもしれない。でも、俺はそっちは選ばない。"ってそこで態度決定したって。なんて明確な人なんだろうと。

 

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古澤:でもそれはちょっと難しいですね。そっちの世界はあるけど、自分はそっちの世界は選ばないって自分で決めたら、もう別のものとしてあるっていう黒沢さんの認識なんですかねそれは。

 

高橋:黒沢さんも頭ごなしに無いっていうんじゃなくて、目の前でそれが起きちゃったら、もうそれは認めざるを得ないけれども、なんか黒沢さんってそういうところ割り切るよね。そっち行っちゃったらまずいんだって。それは分かった。俺は認めようが無い世界なんだってバンっと外へ、切るんですよね。

僕も僕でその後K君に会っていて、それは『リング』の時なんですよね。『リング』って、呪いのビデオが念写じゃないですか。念写ってどういうことか良く分かんなかったんで、取材したいっていったらそれがK君で。その時はもう30代だったけど。すごいナイーブな、傷つきやすい、目の前でスプーン曲げてみろって言われ続た人の、バリア張ってきたかんじがありました。僕はもう全然目の前でスプーン曲げるとかどうでもよくて、つまりあなたのやってることを信じるとか信じないじゃなくて、面白いネタが聞きたいだけですって言ったら態度が和らいで、念写の写真とかみせてくれて、それはすごい参考になったんだけど。で、がんがん二人で飲んでたら、やっとなんか「話せるようになってきました」って言って、「実はおれ霊が見えるんです」って。これを言うと、そこでもういききなりカットアウトされるんだとと。スプーン曲げまではまだみんな付いてきてくれると。だからさっきとは逆ですよね。スプーン曲げまではみんな話し聞いてくれるんだけど、実は霊が見えるって言ったとたんにもうインチキっていう扱いを受けるから、もうこれはよっぽど酒が入って、相手も大丈夫だと思った時しか言えないですって。「見えます」と。超能力者は見えるらしいですよ。フフフ(笑)。

 

古澤:え、今の話はだから、黒沢さんが幽霊の話とUFOの話ごっちゃにするなっていうのに対して、違和感があるのは、高橋さんの中ではそれは一緒ということですか?

 

高橋:そうなんですよね。

 

古澤:実際にK君という人に会ったときに?

 

高橋:そうそうそう。

で、その時に話してくれた話がものすごい恐くてね。あーこれは思いつかんって。まぁそれは今日はいいんですけど。

いやーだからそんな感覚があるもんですから、あんまり僕の中で"幽霊好き系"、"宇宙人好き系"ってあんまり分けてないんだろうと。

 

古澤:さっき古谷さんの話をお聞きしてて感じたのが、古谷さんのなかの幽霊の定義というか、幽霊の場合は対個人というか見た本人に人生の決断が迫られるっていうか、世界観の認識が迫られるけど、その時にその人以外の世界は、昨日と変わらず明日も続くだろう。さきほどエアポケットという言葉も出てきましたけど。ある特殊事例みたいな感じで、映画を見ていてもこれはこの人の人生において起きた特殊事例なんだというかんじで、一方宇宙人好き系と仰っているのはこの映画の世界観を認めたとたんにこの映画の登場人物ではない自分たちも世界認識の変更を迫られるような恐ろしさ、みたいなことなんですかね?

 

古谷:そうですね...そうなんですけれど。それ以前に映画の中の世界が呪い以外と呪いの世界と分けられる、で、登場人物は呪いの世界に引き込まれるかもしれないけれど、引き込まれていない大多数の人が世の中にいる、っていう世界前提で物語があるっていうのと、もうすでに呪い以外の場所には誰も行けないし逃げられないっていう前提で物語があるっていうのの違いで、見た人がどうかっていうのとはまたちょっと違うのかもしれないですね。それはそっち(宇宙人好き系の作品)のほうが見た人は始めから冗談と思って距離をとって見るかもしれない訳です。大抵はそうだと思うんです。日常生活があって呪いがあるほうが怖いんだと思うんです。自分の地続きのところにあるので。

はじめから狂った世界は狂った世界として見ればいいので、笑ってればいいぐらいの感じはあるんだと思うので、宇宙人好き系のほうが作品として成立させるのは難しいと思うんです。

だからその違いは僕には明らかに見えるんですが、違うんですかね?

 

古澤:それは高橋さんの世界認識がどこか歪んでいるかんじがするっていうことなんですかね?

 

古谷:いや世界認識が歪んでいるというか、それは高橋さんがどういう方かは知らないですけど(笑)、作品を通して見て感じられる共通した感触っていうのがあるっていうことですよね。(つづく)