「コラボ・モンスターズ!!の魔」トークライブ・レポート(その1) _ リポート | コラモン・ニュース
これが映画の最前線 !!

「コラボ・モンスターズ!!の魔」トークライブ・レポート(その1)


 3/8 「コラボ・モンスターズ!!の魔」トークライブの採録をアップします。
 コラモンは毎回こんな感じでかなり突っ込んだトークをやってます。
 次回5/24「コラボ・モンスターズ!!の好奇心」、ゲスト大工原正樹監督との「短篇映画の可能性を探る」トークライブもお楽しみに!

「コラボ・モンスターズ!!の魔」トークライブ

高橋洋+古澤健+古谷利裕(ゲスト)


20130425_552361.jpg


〇"幽霊好き系"?"宇宙人好き系"?

 

古澤:本日はご来場いただきありがとうございます。前回はコラボモンスターズの三監督の1人である西山洋市監督がやっている「髷を付けない時代劇」とは何なんだろうということを追求しようというイベントだったんですが、今回はもうちょっと広くというか、参加監督の1人である高橋洋監督がやろうとしていること、高橋監督の世界観とかそういうところをゲストの古谷さんと一緒に追求していければなと思っています。

 私はたまたま古谷さんの本を今日の事と関係なく読んでいまして、その中でちょっと気になる箇所があったので、そこから話の取っ掛かりとしていければなとおもいます。

 先程の上映の中でもそうなんですが、高橋監督の作品で劇場で笑いが起きてしまう、というか起きるのはままあって、『旧支配者のキャロル』でもあることなんですが、何となく僕自身はそこに、"ああそうだよな"と思う部分と、"観客との間に行き違いが起きている瞬間もあるんじゃないかな"とも思っているですが、まさにそういった感じを古谷さんは書いておられまして、この『人はある日とつぜん小説家になる』という本はこれ自体は作家論、小説論ですよね?

 

古谷:そうですね、小説論ですね。

 

古澤:その中から多少長くなるかもしれないんですが、ちょっと引用させていただきたいところがございます。

"作家によって語られる何かがたとえ、いかにもチープなあるいはおかしな、異常な、それ自身として信じる者などいないようなものであったとしても、それをふざけてやっているとは誰も思わないような本気度の高さというものがある。しかしそれはチープな物語をあえて本気で信じてみせる、あるいはチープだと分かった上でそれを楽しむというようなアイロニーとは全く別のことだ。むしろ全く逆で、こんな話は正気ではとても信じられない胡散臭いものであるのは明らかで、できれば避けたい筈だがどうも自分はそこにこそ住んでいるようなのだ。と、戸惑いとともに認めるしかない、という感じで直面するものがあるのではないだろうか。意識的理性的にはとても信じられないが、にもかかわらず、そのまともには信じられないことこそが、どうやら自分の住処であり、宿命であり、使命であり、リアリティの起源であるかのようなのだ、という感触。そこから逃れようとしてもむこうのほうから執拗に追いかけてきて、何度も突き当たってしまうというなにか。だからそれは外側から与えられる尤もらしい根拠に拠って保証されることの無い、孤独な場所なのだ。作家はそこに突き当たることによって書くのではないだろうか。"

という箇所がございまして、これは、何人かの作家の小説を巡って書かれた本のちょうど中間くらいに、前書きと後書きに挟まれた、中書きのようにして書かれているんですが、これを見たときになんとなく僕は高橋さんの映画の作られ方に通じるものがあるのではないかなと勝手に思ってしまって、そこから今日のきっかけでもある、古谷さんがもう一冊の本(『世界へと滲み出す脳』)の中で仰っている、"黒沢清と清水崇は幽霊好き系、高橋洋は宇宙人好き系なんではないか"という仮説があって、ぼくらは古谷さんにお話を伺ってみたいなと。

そもそも高橋監督の作品に触れたきっかけというかそういったところからお聞きしてみたいのですが。

 

古谷:高橋洋さんのお名前は前から知っていて、90年代僕はすごい黒沢(清)さんのファンだったのでその監督作品の脚本を書かれて、もちろん『リング』とかを書かれた方というのは知っていたんですが、僕の中で高橋さんの名前がぶわっときたのは『血を吸う宇宙』という映画で、そもそも宇宙人好き系というのもそこから来ているんです。今までに感じたことの無い形の作品だとおもって、所謂ホラーものとは何か違う感触が根本にあって、そこから来ているんじゃないかというのが最初にあったんですね。


20130425_552372.jpg


(『血を吸う宇宙』)


古澤:今まで接触してきたホラーと全く違う感覚という言葉が今あったんですが、ざっくりとでいいんですが、そもそも幽霊と宇宙人の分け方というか、その辺はどういう感じがあるんですか?

 

古谷:それも多分、だいぶ前のことなので正確には覚えていないんですが、『血を吸う宇宙』を見て"宇宙人好き系"というのを思いついて、これは"幽霊好き系"とは違うんじゃないかと思ったんですけど。心霊番組みたいなのってテレビとかでありますよね? 僕は67年生まれで70年代は子供だったんですけど、その頃は宇宙人とかUFOの番組って結構やってたんですよ。UFO見たとかUFOに連れて行かれたみたいな。

 心霊系のおばけの話と、UFO、宇宙人の話と、同じくくりだけど結構違う、それを好む人も結構違うし、そこから受ける恐怖の感じも結構違うなと思っていて、勿論ホラーはだいたい幽霊なんですけどね、(高橋監督は)そうじゃない宇宙人のほうなんじゃないかと直感的に思いました。

 考えてみると、幽霊が見える人って言うのは普通に我々の日常生活に受け入れられる。例えば中学とか高校で何か見えちゃうという子がいても、まあ変わり者って扱いかもしれないけど、日常の延長線上にあって受け入れられる範疇にある。でも、UFOの場合、UFOを見たぐらいだったらいいですけど、UFOと交信しているとか、UFOに乗って金星まで行ったとかいう人はちょっと受け入れられがたい位置にまでいってしまう。

そこからすればかなり感触は違うというのはある気がしますね。

 

古澤:高橋さんは古谷さんを知ったきっかけというのは?

 

高橋:今日会場にいらしているかと思うんですが、鎮西尚一監督と飲んだ時に、古谷さんの『世界へと滲み出す脳』という本の話と、ブログで「偽日記」というのがあって、そこでやたらめったらとあなたのことが書かれていますよと教えられて。


20130425_552362.jpg


 ぼくはブログとか、今もそうなんですが全然ちゃんと読む習慣がなくて知らなかったんですが、"絶対に読んだほうがいいですよ"とその晩に10回ぐらい言われまして、最後に割り箸の包みに"古谷利裕"と名前まで書かれて、それでわかりました、と。

 翌日本屋で見つけて買って、「偽日記」のほうも検索したら、うわ、こんなに僕のこと書いてる、と。なんか、正月明けすぐに『恐怖』を見てらっしゃいますよね?こんなひといるんだ...と思って(笑)。それでいつかトークイベントをやる時に、一度声をかけたいなと思っていて、映画芸術を通してお願いしたということなんです。

 この本を読むといきなり、黒沢さんと清水君が"幽霊好き系"で同じようにJホラーの仕事をしている僕のイメージからすると、皆さん意外に思うかもしれないけど高橋洋は"宇宙人(UFO)好き系"であると書いてあって、すごい動揺したんですよね。

 

古澤:さっき古谷さんの中での幽霊好きって言うのと、宇宙人好きっていうのをどういう風に感触をもたれているのかというのを聞いてみたんですけど、それを聞いてみてどうですか? その動揺したというのは"宇宙人好き系"だと言われたことに動揺した訳ですよね?

 

高橋:ええ。じゃあ幽霊のほうが好きなんですか?といわれたらいやそんなことは無いって思うんですけど、主にゴーストストーリーを中心に仕事をしてきたから、宇宙人のほうだったんだと言われた時に、正直心外な印象が...(笑)、何を言っているんだろうと。ちょっと詳しく聞いてみたいな、と。このご本自体は勿論読んだし、中の言葉に書いてあるんですけど、多分そこには、"ずれ"がある訳で、その"ずれ"の話を膨らませていけたら面白いなと思いまして。

 

古澤:先程、古谷さんの話に出てきたクラスの中で宇宙人好きで金星に行ったとかいう奴が敬遠されるという感触に関してはどうですか?

 

高橋:それは、そんな人会ったこと無いですからね...(笑)。

幽霊見ちゃったって人はまあ会ったことありますけど。あ、UFO見ちゃったって人も会ったことあるけど、あからさまにコンタクティとか連れてかれちゃったって主張してる人はないですよ。

僕の知り合いで、古澤君、暉峻(てるおか)創三って知ってる?

 

古澤:名前だけですけど。

 

高橋:暉峻さんて今は映画評論家で活躍してますけど、かつては自主映画界のスターだったんですよ。僕は自主映画作っていた頃に仲良くて、彼は記憶が飛ぶ人なんですよ。ぼこっと無くなってて、一緒に映画見てても、見てた映画の内容全部忘れたりとか。でも映画評論家なんだけど(笑)。で、なんか子供の頃の話を聞いてたら、UFOを見たことがあると。その体験がね...この人絶対アブダクションに遭ってるっていう。

 

古澤:それは、高橋さんがそう感じたんですか?

 

高橋:うん、僕が勝手に思ってるだけで(笑)。本人はまったくそう思ってないけど。絶対、アブダクションに遭ってるとしか思えない。記憶飛んでるのも関係あるのかなっていう。

その人ぐらいですよ。

 

古澤:古谷さんちなみに自分の周りに、この人アブダクションされたなとか、そういうことを自分で言う友達とかいたんですか?

 

古谷:いないですね。

 

古澤:僕は古谷さんより少し年下で72年生まれで、ちょっとさきほどのお話で僕とは違う感触なんだなと思ったのが、僕が子供だった80年代とかの感触でいうと、矢追純一という日本テレビのディレクターがUFO番組をしょっちゅう作っていて、よく見ていたんですが、僕の中では幽霊とかっていうのは非科学的で、それを見るとかって言っている人も嘘を言っている可能性が高いけれども、UFOとか宇宙人関連の番組っていうのは、今考えると子供だましなんですけど、科学的な検証を積み重ねていって、政府が一般庶民にはショッキングすぎるためにそういった情報を隠している、秘密にしているんだという風に論理的に話を進めていく形が、子供心に僕は、あ、宇宙人は信じられるけど幽霊は信じられないなって、僕らの頃は感じてたんですよ。

 

古谷:そこが宇宙人なんですよね。幽霊っていうのはいるかもしれないし、いないかもしれないという曖昧なところにいて、それが非常にこう豊かなバリエーションの表現になり得ると思うんですけど、宇宙人はまず科学をもってくるという。それはだからもう否定できないというか、宇宙人を認めると世界全体がおかしくなるんですよ。


20130425_552363.jpg


幽霊を認めても世界の一部に穴があくだけなんですけど、宇宙人を認めると、世界全体がおかしくなって、ひっくり返る。その違いが宇宙人と幽霊の違いという感じがします。

科学的だからこそ逃げ場が無くなる、本格的におかしくなるという感じが僕にはあるんです。(つづく)