監督からのメッセージ&コメント | COLLABO MONSTERS!!
COLLABO MONSTERS!!
監督からのメッセージ

『INAZUMA稲妻』以後

西山洋市
プロジェクトINAZUMAで『INAZUMA稲妻』が上映されてから何年たったでしょうか? 光陰矢のごとし、稲妻のごとし。
あのとき、『INAZUMA稲妻』を見てくださった皆様、お久しぶりです。

『kasanegafuti』
「髷を着けない時代劇」
 というコンセプト

西山洋市
タイトルを『kasanagafuti』とローマ字表記にしたのはラフカディオ・ハーンの「Kwaidan」のイメージでした。外国人が異国である日本の古い物語を書き表わそうとしているイメージですが、もちろんエキゾチシズムみたいなものを狙ったわけではありません。

『love machine』
 ぶしつけな視線について

古澤健
撮影現場にいると、やましい気持ちにとらわれることがある。
俳優に対して、僕はついつい家族や友人(ときには恋人)であるかのように感じてしまう。僕は俳優たちを、人間として愛してしまう。だからこそ、彼らの些細な欠点ですら、チャーミングさにつながる。

『旧支配者のキャロル』
 まるでホラーのような
 人間ドラマ

高橋洋
僕にとって映画は外に向かってゆくもの、外に向かって開かれてゆくことで自らを更新してゆくものであり、その点において自主映画も商業映画も科せられた条件に違いはないと考えています。
コメント

あの時感じた霊感に私は未だおびやかされている(『kasanegafuti』)

片桐絵梨子(脚本家・映画監督)
いつからあの世は地続きでなくなったのか。
江戸時代を「今現在続いている地続きの時代」と西山洋市は言った。
あの時代は、あの世は、けして今この場所と断絶してはいない。西山洋市が感じた霊感は、おそらく世界の深層に眠る恐るべき何かとつながっている。それは西山洋市の映画を見れば歴然である。『kasanegafuti』に漂う霊気は、ただものではない。

西山洋市・kasanegafuti

阿部嘉昭(評論家・詩作者)
映画におけるナラティヴとは、ときにジャンル法則にかかわりながら、物語内容を効率的に観客へ伝えるための蓄積的叡智だろうが、それ自体が刻々進展してゆくという意味では肉体にちかい組成をもつ。そこには一種の骨格があるのだ。この骨格は前シーンからの飛躍、召喚、逆接、部分化、綜合といった種別の異なる関節でむすばれて、「いま接しているもの」の質を前後関係の判断をつうじてリアルにつたえる。だからこのリアルはいつも二重性のなかにある。

ではたびたび父親に会っていると言う豊が会っているのは、本当は誰なのか?(『kasanegafuti』)

万田邦敏(映画監督)
『kasanegahuti』の冒頭、「映画美学校」ロゴマークからバックに笛の音が入りますよね。呼び子というんですか。座頭市や「御用、御用」の時代劇の捕り手たちが吹くお馴染みの笛の音。で、ロゴマークの後にどんよりとした池のロングの画面があって、そこにまた呼び子が鳴る。

執念とも呼びたくなるような純化。
映画の「面白さ」の秘密は「コラボ・モンスターズ!!」が教えてくれる。

富田克也(映画監督)
自分が一期生として通っていた頃は「映画技術美学講座」という名前だったが、今は「映画美学校」という名で、この「コラボ・モンスターズ!!」も美学校が深く関わる企画だし、特に高橋さんの「旧支配者のキャロル」を観れば、どうしても当時の事を思わずにはいられなかった。

ホラーならではの大げさな表現が、ハードな人間ドラマにぴったり噛み合って、ぐいぐいと人を引き込んでいく。
(『旧支配者のキャロル』)

島田充子(主婦・一般試写の感想より)
映画「旧支配者のキャロル」を見ました。
高橋監督は、「狂気の海」、「おろち」(これは脚本)、「恐怖」とここんとこ続けざまに女と女の対決を描いている。

真っ当であり誠実であるということ

高橋ヨシキ(デザイナー・ライター)
自覚を持って、あるいは無意識にであっても、映画は「異常性」と格闘するものであるべきだ。そのことのみが誠実さを担保する。虚構の中に真実を浮かび上がらせる。異常な見世物が我々を惹きつけてやまないのは、醜悪さや酸鼻を通じてしか露顕し得ないものが確かにそこにあるからだ。

この映画が生み出すリズムの波を泳ぐことに終始夢中だった。(『kasanegafuti』)

横浜聡子(映画監督)
西山さんの映画は豊(登場人物)のリズムの異様さそのもののように感じられて、言葉を当てはめるのが怖い。境界線のない大地の上で、その大地が轟かすリズムにただ身を任せている。商業映画と自主映画の境界線なしに、そういう映画に出会えたとき。自分にとって、それは映画へ希望を感じる瞬間のひとつだ。
*横浜聡子さんの感想全文は劇場パンフレットに掲載されます。お楽しみに!

私は西山洋市の映画を観るのが怖い。

塩田明彦(映画監督)
「映画は非常識を描く」と高橋洋は云う。だが、この言葉には下の句が欠けている。「映画は非常識を描く。それが映画の常識である」。彼の言葉はこう続く事でようやく意味を完結させる。そしてこの言葉は、映画がどれほど非常識な世界を描き出そうとも、それ自体によっては微塵も「映画」を破壊しえないことを意味している。なぜならそれは映画の常識に過ぎないのだから。

アナタの出てるシーン、全部カットしてもらって!(『旧支配者のキャロル』)

中原翔子・実母
*娘に言い放った衝撃発言より。

20世紀には恐怖だったものがドラマに変わる瞬間。(『旧支配者のキャロル』)

Phew(歌手)
おもしろかった。高橋洋さんの映画好き。終。
これ以上、説明するのは野暮なような気がする映画体験でした。
*Phewさんの感想全文は劇場パンフレットに掲載されます。お楽しみに!

映画の面白さが、なにげにアップデートされているのだ。

佐々木敦(批評家)
コラボ・モンスターズとは、商業映画と自主映画のキメラのことだという。
とはいえ、この試みは、単純な意味で、プロ監督によるインディ映画のことのみを意味するわけではない。

若者に歴史を教え、
経験させることを信じるのだ

松江哲明(映画監督)
日本映画の底はとうに抜けていた。
最近、やっと気付いた。5年程くらい前、インディペンデントだってとにかく面白いモノさえ作れば突破出来ると信じていたが、どうやらメジャーの方がずっと挑戦的だったようだ。今は単館よりもシネコン の方が確かに面白い。

すべての映画好きにお勧めします
(『旧支配者のキャロル』)

島田元(演出・脚本家)
俺は試写で観ましたが。
これは高橋洋の傑作というだけではなく、映画に興味のある大人なら誰もが観るべき凄い作品です。
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